📚限りある時間の使い方 メモ

どんなに過酷な環境であっても、注意を他に侵されることのない自分の内面に向けることができると、尊厳を保つことができる。それは同時に、どんなに恵まれた環境においても、注意の使い方によっては、何の意味もないみじめな人生を送ってしまうことも意味している。

  • 注意を向けていないと、起こっていないのと同じ。なので、「注意を向けることが、献身の始まり」。
  • その注意を、SNSは奪ってくる。注意を引くことを目的とし、私たちの限りたる時間を有意義に使おうという努力を叩き潰してくる。
    やりたいと思っていることをやれずに気晴らしに逃げ込んでしまうのはなぜか。それは、自分の有限性に直面するのを避けるため。
  • 時間が限られているという現実、コントロールできないという不安をできるだけみないように。
  • 重要なことに取り組むときほど、自分の限界を痛感する。そんな感情は体験したくない。
  • 全てをコントロールしたいという欲求を捨てて、とにかく進んでみるしかない。
  • 私たちを邪魔しているのは気晴らしの対象ではなく、嫌な現実から逃れたいという自分自身の欲求。
    「何が起ころうと気にしない」生き方
  • 悲しみや怒りを感じることを否定しているわけでも、あらゆる努力を否定するものでもない。
  • 未来が自分の思い通りにならないことを受け入れ、思い通りにならないことに必要以上に一喜一憂しない生き方。
  • 未来を良いものにしようという努力を否定するものではなく、苦しみや不正を受け入れろというのでもない。
  • 計画を立てて行動することは、人生を有意義に生きるためには必要。ただ、それがその通りにいくことを求めないことが「何が起ころうと気にしない」生き方。
    今を、未来のために使いすぎる、使おうとしすぎる。
  • 人生には、「今」しか存在しないのに。それが見えなくなっている。
  • 未来に無限の期待を抱くことができるようになる。でもそれは同時に、自分自身の人生を生きることができなくなる。
  • 一方で、今この瞬間にいようとする態度は、実は時間を見らかのための道具にする態度とほとんど変わらず、「時間を最大限に活用しよう」という考え方にしばられてる。
  • 未来のために使うのではなく、今に集中しようとしすぎるのでもなく、「自分は今ここにいる」という事実に気づく。
    • がんばりすぎなくていい。
    • 人生から何かを得ようと思わなくて良い。
    • ただ、今こうして存在している。

その価値は目標達成ではなく、ただその活動をすることにある。

  • ただ活動を楽しむ。何かの目的があって、などではなく。目標に向かって、なわけでもなく。今行っている活動そのものを楽しむ。

趣味が軽視されるようになったのは、時間の道具化が起こったのと同じ時期
「現実を思い通りに動かしてやりたい」という傲慢な態度こそが、苦しみを引き起こす。
ものごとには必要なだけの時間がかかるものだし、どんなに急いでも不安が減るわけではない。世界のスピードを思い通りに動かすことなど不可能だ。急げば急ぐほど、もっと急がなければという不安が増すだけだ。

  • ありのままを、受け入れることができてはじめて、世界の見え方が変わり、不安から逃れることができる。
    みんなで休んだ方が、幸福度が高い。自分1人がたらふく時間があっても、一緒に過ごす人がいなければ幸福にはなりにくい。
  • 時間はネットワークに影響される。

一度きりしかない時間を、本当に有意義に過ごすというのは、いったいどういうことなのだろう?

  • どでかい問い。これに答えることができ、その答えの通りに行動できればとてもいいのやろうね。
    本当に大事なことをする、には落とし穴が。こんなことをしている場合じゃない、もっと大事な(大事だと思っている)事をしなければ、自分の人生は意味がない、と動けなくなるという穴が。

時間を支配しようとする態度こそ、僕たちが時間に苦しめられる原因である。

  • 痛みは必然。その治療法があると思うからこそ、痛みに耐えられなくなる。治療法はないので、思い通りにいかない痛みは受け入れるしかない。
    こうあるべき、というプレッシャーから自由になれば、今ここにいる自分と向き合うことができる。
  • 自分が楽しい時間こそが、最善の時間の使い方、かもしれない。

どうせいつまでたっても手探りで、確信のないままやるしかないのだから、尻込みしていても仕方ない。待つのはもう終わりだ。今すぐに、やりたいことをやりはじめよう。知識や技術が足りなくてもかまわない。  どうせ誰だって、あなたと同じようなものなのだから。
希望を捨てたとき、あなたは自分の力で歩みだすことができる。

  • 一見、なんてことを!と思うような言葉やけど、本書を読んでからのこの言葉は、確かにと思える。希望を持つよりも、自分で歩むことの方が大事という考えの現れ。